安藤忠雄の代表作に「六甲の集合住宅」がある。これは今も続く「六甲プロジェクト」の一部であり、その中で一番最初に建てられた「六甲の集合住宅I」である。1983年に竣工した全20戸の集合住宅で、約60度の急斜面に建っている。地盤の強度解析に安藤が初めてコンピュータを使った作品である。
安藤はその著作の中で「建築は実際にその空間を体験することが重要だ」という主旨のことを述べており、それを実感した作品だった。現地を訪ねてみる前に作品集などでその概要を知っていたのだが、写真からは正直に言えばあまり強い印象は受けなかった。期待していなかったためもあるだろうが、実物を見て衝撃を受けたと言ってもいい。建物が放つ存在感と質感が、周囲の空間を圧倒している。
建っている場所は個人住宅、アパート、マンションが適当に混在したどこにでもある住宅地である。その特徴のない街の、行き止まりになった袋小路に面して建てられている。住宅地全体が山の斜面にあり、常に下から見上げる方向になるため袋小路に入らない限り見えない。何の変哲もない住宅街に突然出現する高い質感を持つデザインは強烈な印象となって記憶に残っている。
敷地面積一杯に建てられており法的規制のため、必ずしも安藤の納得できるデザインにはならなかったらしい。確かに安藤が得意とする空間を切り取るフレームがここにはない。テラスや路地、広場のようなパブリックスペースが設けられ、豊かな空間を感じられる設計になっているそうだが、内部を体験できないのが残念である。
住んでみたいと思う集合住宅の一つである。ただ駅から近いわけではなく、また駅から延々と上り坂である。年をとれば住めないかも知れない。「住吉の長屋」とは別の厳しさを持つ住まいである。
0 件のコメント:
コメントを投稿